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成人式(イニシエーション)は、この準備期の終わり新しい出発を意味し、一人前の人間しての社会生活への参加を自覚させ、同時にそれをその共同社会全体がはげます。儀式でありました。
こうして子どもたち(若い世代)を社会の成員して迎えいれるいうことは、親たち(古い世代)がその子らに、身体的健康に配慮しながら言語を教え、習慣を身につけさせ、共通の価値観や価値感情を育て、集団の規律に従うことを学ばせることを通して行なわれました。が、さ文化の伝達この育児の過程は、社会の側からみれば、どのようにらえられるのでしょう。
歴史の中の教育らにそれに加えて、労働技術やそれにかかわる知識を伝達することも不可欠なことでした。
人類は長い進化の歴史のなかで、労働によって自然に働きかけ、自然を変え、このことを通して人間自身の能力を豊かにし、それを次代に伝えながら人間の歴史を築いてきたのですが、この過程はまた、人間の技術の発展の歴史でもありました。
原始時代の人間も、石や木を素材して素朴な道具を作り、そのことによって他の動物から区別される人間そのものをつくってきたのです。
イギリスの考古学者ゴードン・チャイルドは、人類史の原初における文化の起源その歴史を書いた書物に、へま(人間は自らをつくる)いう標題をつけました。が、すでにそのことに、「人間は何か」という問いに対する彼の鋭い洞察が示されていたといえましょう。
そしてその道具技術は次代へ伝えられ、その過程で新しい技術骨法が付け加えられながら、道具もまた進歩していくのです。
この道具や技術の共有伝達を媒介して種族(部族)意識が形成され、共通の言語がその集団意識を強化しました。
日本の文化人類学の草わけの一人、石田英一郎が、日本人の形成を弥生時代に求めるのも、この時代に稲作技術共通言語が成立するいう点にその指標を求めたからでした。
さて、この技術(道具の使用)に人類他の動物を区別する文化の最初の形態があるすれば、その伝達こそが教育の原初形態だいえます。
文化(技術)の持続再生産の過程は、同時に教育=学習の発展の過程にはかなりません
この伝達学習は、古くは、子どもたちが農耕や狩猟の場に参加するなかで模倣によって伝えられ、中世のギルド制のもでは、徒弟時代の修業を通して伝えられていきました。
「それはしかし、今日のような合理的な伝達の過程ではなく、技術はいわば属身的知識して人格不可分のものされ、それを学びるのは、きびしい修業によるカンコツの体得によって、あるいは限られた弟子への秘伝の伝授によってであり、カンやコツは、師からぬすむいう言葉で表現される類のものであったのです。
時代社会によって学びる仕方はさまざまでした。が、もあれ、技術およびその社会の習慣や規則を身につけた若者は、成人式の儀礼を経て一人前して社会に迎えられたのです。
このように、人類の歴史もに在るいわれる教育は、育児に始まり成人式(入社式)に終わる時間の継起のなかで、社会の成員しての同質性・一体性を培い、生産活動の技術を身につけさせていったのであり、それぞれの社会がもつ、さまざまな通過集団通過儀礼に、その時代社会の教育的営為の実質があったいってよいのです。
従ってまた、このような教育の機能を一括して「イニシエーションしての教育」ということもで蓉ます。
そしてこことには、仙子どもの発達をうながす配慮子育ての技術の集積しての育児、拠ハ過集団での集団的鍛練修業、鋸J働への準備、という三つの契機が含まれており、いずれに力点をおくかによって教育の発想もまた異なってくるのですが、しかしこれらの視点は、今日われわれが教育について思索するきにも不可欠であるこは確かです。
教育いう言葉の成立は別に、以上の三点にかかわっての教育の事実は、人類が文字や学校をもたない時代から、人類の歴史もに存在しつづけたいってよいのです。
人間の歴史は、親から子へ、古い世代から新しい世代への、文化の創り伝えの過程であり、同時にそれは子ども・青年(新しい世代)の人間的成長・発達の過程、そして文化の創り加えの過程を不可分のものして含んでいました。
人間の発達の過程人類の歴史の歩みは、本来、統一的な過程なのです。
教育の歴史性しかし教育を、子育て文化(技術)の伝達いう人類の普遍の営みに解消してしまうわけにはゆきません。
私たちは、教育を人類史に結びつけてらえる発憩を前提しつつ、さらに、その時代社会のあり方結びつけて具体的・歴史的にらえる必要かあるのです。
子育ての習俗も子ども観も時代社会によって異なっており、伝えられるべき技術の内容その伝達の方法も、先にのべたように、たとえば人類が狩で生活していた時代、定住して農耕を始めた時代、あるいは機械工業を中心に生産が行なわれている時代では、当然異なっています。
通過集団にしても、若者たちの自主性に多くゆだねられたものから、定型化された学習機会しての学校まで、その幅は大きいのです。
学校の発生による通過集団の変化いう間鬼もあります。
これらの歴史的変遷についての検証はむずかしいことですが、少なくとも次のこはいえましょう。
かつては生活そのものが若い世代にっては学習の場、つまり学校であったもいえるかもしれません。
しかし学習の場しての学校の成立もまた、歴史的に必然性をもっています。
教育の原型しての育児の様式は、家族ないし共同体の変化のなかで推移し、生活労働の形態の変化は、教育の形態を変化させます。
生活力が一定の高まりをみせ、生産物の剰余が同時に時間の余眼をもたらした。ころで、その余暇を利用して、本来、労働の果実にはかならない文化の系統的な伝達をはかる学校がつくられてくるのです。
ローマにおいて学校はルードス呼ばれたのですが、この言葉もギリシャ語のスコレt同じく、余暇もに遊びを意味する言葉でした。
学校は、古代社会において、奴隷制を基礎し、自由人の余暇教養の場して発展したのです。
「学校」という用語そのものは『孟子』に「設二為岸序学校→以教レ之」あり古いのですが、日本では中世の「足利学校」が施設の名称しては最初いわれています。
さてギリシャの学校に先立って、すでにバビロニアや中国や古代エジプにも学校があったことが知られています。が、たとえば後者の場合にも、ある高官がその息子に手紙を書いて、「お前の母のように、文字を愛しなさい」さし、文字の知識を獲得すれば、「お前はいかなる種類の肉体労働からも解放され、高名な行政長官になることができる」激励した。いう記録が残っています。
しかも、この種の手紙が、「学問をたたえる歌」題する教訓集に編まれ、学校で教材してつかわれていたのです。(A・C・ムーアハウス『文字の歴史』岩波新書)
こことには、今日から考えて二つの重要な問題が含まれていたことがわかります。
一つは、生産力の増大が余暇を生み、学校を発生させ、文化伝達を有効にした。いう事実です。
もう一つは、学校は、多くの者の労働を犠牲にした。上での余暇をもつ階級のものであったいう事実、しかも、学校の成立は同時に精神労働肉体労働の分裂精神労働の優位性の主張、自由人の肉体労働への侮蔑感結びついて発生した。いう事実です。
だからまた、たとえば古代ギリシャにおけるアカヂミーの繁栄について、今日における哲学・思想の原型はこごくここに源を発するして、文化史的に評価されるのですが、他方で、ファリンンのように、アカデミーこそは科学を生活・技術切り離すこによる学問の抽象化の始まりであり、イオニヤ科学の堕落の第一歩だみる見方が出てくる根拠もあるのです。

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